書いた人
正直、徳のある人間ではないです。
琴見由弘(ことみよしひろ)です。かぞえ徳を作りました。先に白状すると、私は「徳を積む」なんて柄じゃありません。むしろ、ちょっとしたことで人を“成敗”したくなる側です。
きっかけは、どうでもいいことで張り合う自分
たとえば私は、レジでどっちの列が早かったかで勝ち負けを感じるし、車線変更で入れてあげたのに会釈がないと地味に腹を立てます。黄色信号は、自分なら平気で突っ込むのに、人にやられると本気で怒る。どうでもいいことで、いちいち張り合ってしまうんです。で、勝っても、あとで決まって後味が悪い。
嫌だなと思うのに、また同じことをやる。何度もやる。妻に「自分だって黄色で突っ込むでしょ?」と図星を指されて、ムッとする。直したいのに、忘れてまたやる。ずっとその繰り返しでした。
で、いいと思える行動を数えることにした
それで、自分が「これはいいな」と思える行動を、できた時に数えるアプリを作りました。怒らず流せた、譲れた、止まれた——そういうのを +1 する。これを続けたら、自分も少し変われるんじゃないか、と思って。人生も折り返しで、娘に見せられる背中でいたくもなった。それがかぞえ徳です。
できなかった日は数えません。失敗まで数えたら、私はただ落ち込んで終わるので。私はすぐ結果が見えないと続かないタイプなので、小さく・できた時だけ・引かない、にしました。
やってみたら、面白いくらい変わった
変わりたくて作ったアプリなので、効くとは思っていました。それでも、思っていた以上でした。黄色信号で、止まれるようになった。入りたそうな車を、どんどん入れてあげられるようになった(「あ、これ +1 できる」と思えるんです)。
危ない運転をされても、「……あぶねえ。まあ、許すか。ふう。たぶんこの人、うんこが漏れそうなんだな。仕方ない、俺もうんこ漏れそうなら、なりふり構ってられないもんな」と思えるようになりました。成敗しなくても、勝たなくても、こっちの後味がいい。それで十分でした。
書いていること
このサイトでは「徳を積むって何」「自分を責めるのをやめたい」みたいな話を、自分の経験からちまちま書いています。専門家ではありません。続けるのも、人格者でいるのも、得意じゃない。同じくらいの目線で「私はこう考えています」と置くだけです。
本も書く予定です。一冊も出していないのに言うのは恥ずかしいんですが、口に出すと書く気になるので言っておきます。(出たら、ここで自慢します。)
いる場所
ふだんは X にいます。声は大きくないので、フォローしても、たぶん静かです。