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自分を責めるのをやめたい

自分を責める やめたい

自分に嫌気がさすのは、たいてい何かやらかした後です。

「自分を責めるのをやめたい」とまで思い詰めたことは、正直ないです。ただ、自分に嫌気がさすことならしょっちゅうあります。だいたい、何かやらかした後です。レジでどっちの列が早いかで張り合ってムッとしたり、車線で入れてあげたのに会釈がなくて腹を立てたり——そういう、心底どうでもいいことで意地を張った日に、「自分、性格悪いな」と嫌気がさす。しかも、嫌だなと思うのに、また同じことをやる。何度も。

厄介なのは、「責めるのをやめよう」と決意すると、今度は「あ、また責めた」と責める対象がむしろ増えがちなことです。決意したぶん、燃料が増える。私も、嫌気がさした夜ほど「明日から良い人になる」とやんわり決意して、だいたい翌日のレジの列で終わります。

なので私は、気合いでどうにかするのはあきらめました。代わりに、責める“材料”を増やさない方に賭けました——やらかした日を、わざわざ記録しない。それが、かぞえ徳というアプリです。

ダメな日の一覧を、見たい人はいない

できなかった日や、やらかした日を記録すると、手元に残るのは「自分のダメな一覧」です。それを眺めて元気が出る人は、たぶんいません。私は試したことすらないです。見たくないのがわかりきっているので。かぞえ徳を作る時も、そこは最初から選択肢にありませんでした。

代わりに、できた分だけ数える

そこで、引き算をやめて足し算だけにしました。カッとなったけど言い返さずに流せた、一時停止でちゃんと止まれた、人に丁寧に頼めた。その程度の小さな「できた」を +1 するだけ。できなかった日は、何も引きません。同じ一日でも、「ダメな一覧」より、できた分が残っている画面を私は見たい。

私の場合でいうと、挨拶が変わりました。返ってくるかどうかを考えると言い出しにくい時があったのですが、いまは返事がなくても +1 できるので、何も考えずに「おはよう」と言えます。

ちなみに、誰にも見せません

この記録は端末の中だけに残ります。サーバーにも送られないし、誰かと比べられることもない。だからこそ、人に言うほどでもない小さな「できた」——キレずに流せた、みたいなやつ——を気楽に残せます。「キレずに済んだ」が徳としてカウントされるの、ハードルが低くてなかなかいいですよ。

嫌気がさした日に、私がしていること

「今日も最低だったな」と思いそうな日ほど、私はあえて、できたことを一個だけ探します。本気で探すと、だいたい何か見つかる。「カッとなったけど、言い返さずに流せた」とか。どうしても無ければ「布団から出た」でもいい。それを一個残します。

責める代わりに、一個だけ数える。嫌気がさす回数そのものは、正直あまり減っていません。ただ、同じ夜に「流せた」も一個残っていると、後味が違います。

今日、一個だけ

私は、自分に嫌気がさした日ほど、できたことを一個だけ残すことにしています。「カッとなったけど流せた」でも、なければ「布団から出た」でも採用します。

かぞえ徳を開く

書いた人

琴見由弘。かぞえ徳を作りました。立派な人間ではないけれど、娘に見せられる背中でいたくて、「勝つ」より「流す」を数える練習をしています。

X(@kotomiyoshihiro)